寛容

院長 辻中 まさたけ

先日、タイ国にリフレッシュに行ってまいりました。タイという小乗仏教の国は何事においても寛容さが見受けられます。日常生活で見受けられる現象もすべて仏教の教えのままに受け止めなければならないと考えているのでしょうか、他宗教の存在も認めるのはもちろんのこと、さまざまな文化や人種を受け入れています。いわゆるレディーボーイといわれる性同一障害の人々もホテルのフロントやレストランで自分の素性を隠すどころか、あますことなくオープンにしてほかの人々と一緒になって立派に働いています。仏教では現世の自分は仮の姿であるという教えがあるからだそうです。

国王を尊敬し僧侶を敬う、そして街角の貧乏な人々にお布施をおこなう一方で、繁華街ではお金さえ払えば何でもありのタイ国、日本人の私には摩訶不思議なところでした。

下の写真は、アユタヤ王朝時代(日本の室町時代ぐらい)に造られたワット・ヤイ・チャイモンコンにある涅槃仏像です。日本では立像や座像がほとんどで、このような仏像をみることがありません。涅槃仏像はお釈迦さまの入滅を表し、すべての煩悩がなくなった境地を示しています。すべてのことを少し前に流行った「みぎからひだりへ聞き流す」ような気持で何事も素直に受け入れて残りの人生を何気なく過ごす、そしておだやかで未練のない一生を終えたいものです。もちろんできませんが・・・。

 
 
 
 平成20年2月24日
 
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