高級フランス料理 その1

院長 辻中 まさたけ

どうも眠たい、左手に持つガラケーと呼ばれている昔ながらの携帯電話を汚いマットに落としかけて、少し慌てたようにお気に入りのエルメスのストラップを持ち直し、 智はまったくもって平凡な運転をする妻の横で呟いた。そして、その携帯を持ったままパワーウィンドウのスイッチに面倒くさそうに手をやり押してみた。 窓は軽快に智が思っている以上に下がり過ぎて真夏の熱風がふいに彼の顔に吹き付け、まるで真夏のマフラーのようにまとわりつく。 やはり、自宅でテレビでも見てのんびりしておいた方がよかったのだろうか? 智は妻と二人で高級フランス料理を食べに、ふたつの大きな川にはさまれた堤防道路を車で自宅から一時間ほどの名古屋に向っていた。 本当は面倒くさくて行きたくなかったのだが、クレジットカードのポイントを使用して無料で食事ができる予約を、何を思ったのか2週間前にその店に入れてしまっていたのだ。 智は父が地元の田舎ではそれなりに有名な中小企業の社長というわりと裕福な家庭で育った。でも、彼は料理を舌で味わうと云うことはあまり得意としておらず、胃袋で味わうという人間であった。 高いお金を払って時間をかけてでてくるディナーというものにはもったいぶった感じがして腹がたち、 安く簡単にはやく胃袋を満足させてくれるレトルトのハンバーグとかカレーライス、そしてインスタントラーメンを今でもこよなく愛した。たまには良いだろう、 そんな2週間前のうすっぺらな妻への感謝の気持ちと一端の食堂楽を気取った行動欲は、とても退屈な助手席の横ではすでに失せていた。 つづく。 平成25年8月 注)先日、芥川賞作品を読んで少し私も純文学作品を書こうとしております。ご容赦ください。(お店でのはなしを書くことができるのはいつのことになるのやら・・・)


 
 
 

 平成25年8月29日
 
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